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芳心院 (徳川家光側室) : ミニ英和和英辞書
芳心院 (徳川家光側室)[ほうしんいん]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

芳心 : [ほうしん]
 (n) honorific reference to another's kind intentions
: [こころ, しん]
 【名詞】 1. core 2. heart 3. wick 4. marrow 
徳川家 : [とくがわけ]
 【名詞】 1. the House of Tokugawa 2. the Tokugawas
: [かわ]
 【名詞】 1. river 2. stream 
: [いえ, け]
  1. (suf) house 2. family 
: [ひかり]
 【名詞】 1. light 
: [はた]
 【名詞】 1. (1) near 2. close 3. beside 4. vicinity 5. proximity 6. besides 7. while 8. (2) third person
側室 : [そくしつ]
 (n) noble's concubine
: [しつ, むろ]
 【名詞】1. greenhouse 2. icehouse 3. cellar, cell

芳心院 (徳川家光側室) : ウィキペディア日本語版
芳心院 (徳川家光側室)[ほうしんいん]
芳心院(ほうしんいん、慶長19年(1614年) - 元禄4年3月18日1691年4月16日))は、江戸幕府第3代将軍徳川家光側室。名は
== 生涯 ==
慶長19年(1614年)、父親は特定されていないが、牛込榎町の徳円寺住職の娘として生まれたという説がある〔秋元茂陽『徳川将軍家墓碑総覧』(パレード、星雲社2008年、p88)〕。
寛永18年(1641年)〔「幕府祚胤伝」(『徳川諸家系譜』2、79頁)〕、大奥に勤め、側室として召されるが、徳川家光との間に子を産むことはなかった。慶安4年(1651年)に家光が亡くなった後は落飾して芳心院と号した。
元禄4年(1691年)、没した。享年78〔高柳金芳『徳川妻妾記』(雄山閣2003年、p118)〕。戒名は芳心院慈回清鏡大姉。葬地などの記録は残っていないが、家光の側室である定光院の葬地である済松寺にはかつて「芳心院」という塔頭があり、明治期に入ってから現在の八王子市に移転された。現在の調査ではこの場所が墓所であると考えられる〔。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「芳心院 (徳川家光側室)」の詳細全文を読む




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